イキルラボ
シゴト・イキカタ

【我慢・継続・忍耐こそ素晴らしい?】ジブンを生きる為に、辞めたい仕事、辞めてくる :ジブンらしさを継続する人生にしよう

「毎日、楽しいことだけじゃないなぁ」、誰もがいろんな悩みや不安を抱えて生きていると思います。

今回は、仕事が辛い時、どんな風に打開してゆこうかというお話。

仕事において、いつ何時も「我慢・忍耐は、本当に必要なのか」という点に絞って “カンガエル” 記事です。

 

我慢・忍耐は、どうして求められるのだろう

「3年は続けてみなさい」

「とにかく今は、どんなに辛くても我慢しなさい、そうすれば見えてくるから」

「寝不足や休みが無いことなんて当たり前。今のうちに苦労しておきな」

日本社会に長年はびこってきた ”社会人とはね” の決まり文句。

経営者・上司・学校の先生や親世代には、こういた風潮の中で働いてこられた方々がいらっしゃるので、まだ教育現場や職場にも根深く「我慢しろ!」のルールが眠っているかもしれません。

時代は変化しますし、過去の風潮は大事な歴史ですから、その当時の先人の皆さんの努力や生き方を否定する意図はありません。

 

なぜ我慢・継続を求められるのか。

それは、「忍耐」・「協調性」 を日本人の気質や美徳と捉える姿勢があるから

 

だけど、我慢が限界な時だってある

自分の与えられた課題や境遇を目の前に、

置かれている状態や精神的な問題がいつも穏やかとは限らない・・・

その時ばかりは、日本人の気質や美徳で 「どうにか乗り越えてみようよ /  続けてみてよ 」と強要されても、しんどいものはしんどい。

 

体が拒否反応を示していたら、美徳なんてものに振り回される前に適度に距離を置くべしです。

ボロボロになってからでは、取り返しのつかない。

過労によって精神的に追い詰められて、自殺をしてしまう事例などを聞くと本当に悲しく、悔しいです。

きっと、自分にブレーキをかけてあげることも出来ないほどに追い詰められてしまったのでしょうね。

 

「辞めたら負け・辞めたら人生終わり」なんて、ない。

辛くてもやり続けるしかない、本当にそうだろうか

 

決して「我慢しても意味ない」と言いたいわけではないですし、続けるからこその達成感努力の末に見られる世界は確かにあると思います。

レベルUPしたり、継続の先の称号・忍耐の先の栄光もあります。例えばスポーツの世界を考えると、並々ならぬ努力があって初めて結果が出る。

勉強や趣味や運動なども、人それぞれ自分が習得したいと思うものに対してパワーを注ぐことは、精神的にも技術的にも熟練してゆくことでしょう。

 

もしも目標に届かなかった時は

 もし目標に届かなくても、必ず得られるものがあったはず

 

目標達成だけがゴールや評価ではなくて、たとえ途中で辞めても続かなくても、その後自分がまた新しい目標を作ったなら、至った道も立派な過程です

 

人生は「こっちの道もあっちの道も」と一気にいろんな道を進むことができない

選んで、捨てて、作っていく

 

『1つのことを続けること・チャレンジしつづけること』は、確かに自信にもなるし、これだ!と決めて全うすることもとても素晴らしい。

でもそれは、自分の思い描く理想のためであったり、自分らしく生きるための努力によって保たれるものであってほしい、そう思うのです。

誰かに言われて押し付けられて続けることを、継続と読んで美学にするのは違うんじゃないかと。

取捨選択をして軌道修正をする、それが一時的には「辞める」形だったとしても、自分のためなら、とても前向きな道だと思う。

 

時間に意味をつけることが大切

  • ただ嫌なことに向かって我慢をして過ぎてゆく日々
  • 自分が求める理想や目標に向かって前に進んでゆく時間

どちらを選ぶか、選びたいのか・・・

闇雲に過ごして苦難の道を行ったとしても、時間は取り戻すことができません

であれば、同じく過ぎてゆく時間に、自分はどんな意味を作ることができるか、いつもそう考えて行動できたらきっと時間が重みを増すでしょう。

時間を取り戻すことができないからこそ、ターニングポイントに直面した時に取捨選択をする。”納得のいく意味を持つ時間”なら、たとえ短くても濃く尊い経験になる。

 

一人になる時間を作るだけでも、昨日と違う自分になれるかも。

 

わたしが個人的に大切にしていることがあります。それは、人生つじつまが合うようにできているということ。もっというと、つじつまの合わない人生って、ないと思うんです。なぜなら、自分の人生の主人公は、他でもなく自分であるから

 

そして、どんな選択肢を選んでも、たとえとある時点で「達成 / 未達成」・「継続 / 辞退」と分かれても、

進む先には人生は続き、そうやって過去と未来が繋がって、自分だけの人生になってゆくから。

 

こう思うようになってから、世間一般にヨシとされるモノゴトを選べない(選ばない)ジブンを、少しづつ許せるようになりました

人が「コッチにしておきなよ」と言っても、「コチラを選ぶよ」と選択することに後ろめたさを覚えないようにすることは、すごく大事な一歩だと実感しています。

 

 

自分を大切にするなら、みんなと同じである必要がない

「やりがいもあって、毎日生き生きと職場に向かうことができる」、「家族のため・自分のためだと実感のできる社会人生活を送れている」、そうした方もいる一方、無理をして過ごしている方もいるはず。

なぜ、やりたくない仕事・気持ちが参ってしまうような仕事を辞められないのか。

  • 辞めたら負けだから
  • 辞めた後がこわいから
  • 人目がきになるから

突然に辞めるわけにいかないのが、現実ってもの。責任ある仕事、一生懸命に喰らい付いて毎日頑張っている。

 

ただどうでしょう、その生活を何年続けますか?、続けていますか?

嫌なことを我慢して過ぎていく時間の先に、自分の笑っている姿は想像ができるでしょうか。

 

世間体や会社の昇格規定など「誰かが決めたもの」のために必死になるのは一旦置いておきましょう。

『人生どう生きたいか』と考えたとき素直に頭の中で思い描くもの、それを手にするには今我慢してしんどい思いしている時間が本当に必要なのか

もしも「やりたくない仕事をしている・辞めたい・精神的に追い詰められて今にも鬱になりそうだ」と思ったら、辞める選択を自分に与えてあげてください

 

他人が自分に責任を取ってくれるわけじゃない、だから最初から世間体や人の意見は気にするな。

  • あいつは続かなかったんだな
  • 部下の中でも我慢が足らないな
  • 同期の中で一番に辞めたぞ
  • このまま勤続すれば安泰だったのに
  • 続けられないなんてダメだな

・・・そんな言葉、”言われるんじゃないだろうか” とビビる気持ちもよくわかる。

でも、そんなことをもし仮に影で言っている人がいたとしても、もう会わない人たちだし全然気にしない方がいい。

その人たちのために生きているわけじゃない自分のために生きる人生ですから

”みんな”に合わせることで存在意義を作っても、その”みんな”が人生を保障してくれるわけではない。

自分がどうしたいかが、毎日に生きる意味を生んでくれる自分らしく生きる選択を認めてあげるのは、自分しかいないのだから

 

我慢し続けたら、会社はあなたの味方でいてくれますか?保証のないその答えのために、我慢を続けますか?

人生は一度きりだと考えると、一つの職種でマンネリ化することも避けたかったですし、違う世界を見てみたいと言う理由で過去に転職をしました

 

それを「飽き性」と評価するのか、「好奇心旺盛」と評価するかは、人それぞれだと思います。

先ほど世間体なんて気にするなとは言ったけど、過去にはワタシも、辞めた後の評価にビクビクしていた経験をいくつか持っています。

ポジションを捨てて仕事を辞めることで、周りから何と言われるんだろうとこわかったです。

後ろめたさもあったし、自分が”離脱した人”にされるのがこわかったのが一番でした。(でも今はちゃんと言えます、「ジブンが自分のことを理解してるのだから、人の評価なんて関係ない」と。)

過去の会社の中で、ジブンの人生を深く考えるキッカケとなった職場がありました。

劣悪環境にいることに、気がつかない時がこわい

仕事環境は今思えば最悪で、朝早くから終電は当たり前。終電で帰れなくて泊まることもしばしば。

友人にそんなことを言うと、「寝れない自慢・帰れない自慢」と思われるのも嫌だったけど、事実でしかなかった。

ただそんなことしか言えない自分にも何だか疲れる毎日。

半強制で作業を頼まれ帰れなくても、『ボランティア』扱いで給料はなし。

責任持って仕事をしたいと心から思うあまり、最初は任されることも夜通し仕事することも、 ”これがやりがいってやつなんだな” なんて思ってしまうんですよね。

段々と、カラダにはガタがきて、心も疲弊モード。

ありがたいことに会社は気持ちの良い人が多くて、人として苦手ということはなかった。けれど、結局それも自分を苦しめる要素になりました。つまり、情が湧いてしまう。

激怒されてパワハラでってことと比べるとまだマシなのかとは思うけれど、仲間意識でどうにでも相手を束縛するという環境も、結構キツイんですよね。

人間関係が密接が故に、無下にはできない・辞められない状態に陥りました。辞めるに辞められない、でも限界は来ちゃいました。

  • お給料とは、結局会社に自分の時間を切り売りして貰っているだけ
  • ボランティア状態だなんて、自分の人生の時間はそんなに安くない
  • 辞めればこの職場では終わりをむかえるけれど、負けでも離脱でも何でもない
  • その人たちから離れるならばもう評価なんて気にする必要ない

「若いうちの苦労は買ってでもしろ」という言葉もありますが、精神の締め付けや我慢は美学には当てはまらないとワタシは思っています。

置かれた境遇の中で、本当に継続や忍耐を覚悟すべきものなのか、取捨選択して吟味することが大事。

もしも仕事に苦痛を伴っていたり、悩みがあるなら、自分のカラダとココロを大切にしてあげてくださいね。

ABOUT ME
ikiiki
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都内を主な活動拠点とし、 webライターとして活動中。 料理レシピ開発やケータリングも得意分野 【主な経歴】 ◆民放キー局にて、グラフィックデザインアシスタント ◆テレビ・映画・音楽現場でのケータリング事業 ◆ケータリングと平行して、都内飲食店でメニュー監修 ◆おうちごはん・料理レシピやフードレポート・ワークライフバランスについてコラムも執筆